2019年5月13日月曜日

クナ族の結婚  興味深い結婚の儀式


サン・ブラス諸島に住むクナ族には、絶対に他民族と結婚してはならないという、純血の掟があります。

クナ族は、純粋民族のまま今日まで血を守ってきた珍しい民族であり、社会秩序のしっかりとした共同体で助け合い、権利、義務とも完全平等の暮らしを営んでいるのです。

また、クナ族は母系制であり、結婚すると、男性が女性の家に入り婿として入ってきます。

そのため、娘の数が多いほど、家族が増え、労働力が増すので、昔から女性は特に大切にされてきており、経済的財産のようにみなされているのです。

NHK世界手芸紀行3」では、「地味な服装の男性たちに比べ、女性たちだけが、金の装飾品やモラで身体を飾り立てていられる理由の1つとして、そうした家族形態の結果なのであろう。」と述べています。

また、家族形態以外に考えられる、女性の社会的な強さとして、

1920年代半ばに行われたパナマ政府や警察による民族同化の弾圧に屈せず、自分たちの生活を保守するために、クナ族の主体性を象徴するモラを着飾り続けてきた女性たちの意志の強さが大きいため。

②かつてはココナッツが主な収入源でしたが、近年では、女性が制作するモラも大事な収入源の1つとなっており、女性が経済の実権を握っているため。

という、2つの理由が考えられます。

 さて、興味深いクナ族の結婚の儀式の様子(といっても、日本の三々九度のような正式な儀式ではなく、友人たちが祝福する結婚の儀式?)をYou Tubeで見つけました。

レポーターが説明をしているのですが、スペイン語なのでよくわかりません。
映像を見てわかったことは、

    友人に担がれた新郎は、頭に水をかけられ、クナ族のベッドになるハンモックに投げ入れられます。そこへ、担がれた新婦も新郎のもとに投げ入れられます。

    同じ行動を3回繰り返すのです。(まるでクナ族版「三々九度」のよう)


なにより島民みんなで二人を祝福している様子が感じられ、皆とても幸せな笑顔がいっぱいです。とても興味深いです。

参照:YouTube 
Casamiento de cultura Guna, desde la Comunidad de Tupile. 
「EL Cayuco PTY」より



2019年4月30日火曜日

クナ族の家~その生活~ 平成最後のブログ

島を取り巻く家々












 クナ族は、島の周囲を取り巻くように家を構えています。

また、下の写真は、サン・ブラス諸島にあるクナ族の家の写真です。
家は、キビの茎を並べて造った壁に、ヤシの葉で葺いた屋根がのっているという、素朴な造りのものです。窓がなく、壁のすき間から日が差す程度なので、家の中は昼間でも薄暗いのです。

しかし、1年を通して暑いパナマですが、日が差し込まず、壁のすき間から風が入ってくるため、一日中涼しいという利点もあります。家の外には、モラやモラブラウスを吊るしていることが多いのです。

家の内部は、居間兼寝室の棟と台所の棟があります。煮炊きをするのに薪やヤシの実の殻を燃やすので、別棟にしないとすすがついて大変なのでしょう。

また、居間にはハンモックがあり、夜になると、そのハンモックで寝ます。つまり、クナ族はハンモックがベッドになるのです。
 
クナ族の家
NHK世界手芸紀3」によると、一軒一軒の家は、どれも非常に大きく、広い空間を持ち、家では一族が一緒に暮らしているのです。
親族による共同生活というのは、クナ族の生活形態の中でも特徴的なものであるといわれています。


参照:クナ族の家 「サンブラス諸島旅行:作業療法/パナマ/青年海外協力隊」

参照:YouTube  Kuna Yala montage「johnmckay71」
サンブラス、クナ族の様子を4分弱にまとめた動画を見つけました。




2019年4月21日日曜日

太陽をまとった人々 ~クナ女性の化粧~


サブドゥルの実
アチョーテの実
クナ族の女性は、サブドゥルとアチョーテという木の実の汁で化粧をします。

もともとは、悪霊が身体に侵入するのを防ぐ、「魔除け」のためにされていた化粧でしたが、現在では、美しく見せるために施しているとされています。

サブドゥルの汁は黒色で、鼻筋の真ん中に黒く細い線を描くのに使います。こうすることで、鼻筋が高く、顔全体がほっそりと見え、美人になるのだそうです。

化粧をした女性


また、アチョーテの汁は赤く、頬紅として使用するのです。
特に「魔除け」という伝統に忠実な年配の女性ほど、頬紅を真っ赤に塗る傾向があります。

そして、全身を華やかに着飾ったクナ族の女性は、その容姿から「太陽をまとった人々」とも呼ばれているのだそうです。


(出典:写真は『NHK世界手芸紀モラ/グアテマラの織物編』より引用)






     


2019年4月11日木曜日

クナ女性の服装


クナ族の社会は女性優位です。
吉田穂高先生は、その著書「季刊民俗学2で「クナ族の女性は自分たちの生活を保守する意志が強く、一家の最年長の女性が商売も家事の一切をもまかなうなど、すべてに権威を持っている。」と述べられています。

確かに、私がパナマで出会ったクナ族は、穏やかでおとなしい男性が多い反面、女性はどの年齢層も明るく元気で、けっこう活力のある人が多いように思いました。
クナ女性のパワーやバイタリティーを強く感じたこともたくさんありました。

さて、そのクナ女性の服装はというと、もちろん、誰もが民族衣装の「モラ」を身に付けています。

しかし、その女性たちをさらによく見ると、頭には赤地に黄色の模様をプリントした布をかぶっているのです。

これは、Musye「ムスウェ」と言われるもので、どのクナ族も皆、赤色の頭巾をかぶり、赤色以外の頭巾はないのです。

また、下半身には、紺系や黒系のプリント地のSapurrete「サプゥレッティ」と呼ばれる腰巻のような布を巻きつけています。柄は緑色や黄色などいろいろな色の様々なデザインが施されています。

NHK世界手芸紀3」には、クナ族の女性の格好を見て、「彼女らの服装は、全部が驚くほど派手な色なのに、それぞれの色がけんかせず、何となく統一されています。たぶん、頭巾と腰巻の赤と紺の二色が、全体を引き締めているのでしょう。」と述べられています。

また、手首と腕、足首とふくらはぎの部分には、Wini「ウィニー」と呼ばれる幅広のビーズの飾りをきつく巻きつけています。

さらに、アクセサリーは、イヤリングとネックレス、そしてArcolla「アルコジャ」と呼ばれる金の鼻輪をしています。

しかし、この鼻輪を付けている女性は、年配の方が多いのですが、今では、鼻輪を付けたクナ族はなかなか見られなくなってきているのです。





2019年4月3日水曜日

4つの地域に住むクナ族



クナ族の種族については様々な説があります。

初期のモラ研究で著名な檜枝茂信先生は、「マヤの流れをくむアメリカ・インディオの一種か、また東洋から流れついた民族か。一説にはアラブ系、メソポタミア系の人種ではないかともいわれている。カリブ海にすみながら、カリビアンとはまったく異なり、どこかしら東洋的な風貌さえもつ謎のインディオである。」とその著書「MOLA モラ・サンブラスの芸術」で述べています。

また、モラ作家の前田佳子先生は、ご自身の著書で、「海沿いに住む南米カリブ部族の子孫であるという説もある一方で、東南アジアからやってきたとする説もあります。日本人よりやや小さく、その顔立ちはモンゴル人種とよく似ています。」と述べています。

さらに、モラ作家の小林早苗先生も、著書の中で、「クナ族の文化は、東南アジアを起源に6000年の歴史があると信じる一部人類学者もいること、クナ族はピグミー族に次いで世界でも番目に小さな人たちで、身体的な特徴はカリブ海の他の種族とは明らかに違う。」という2点を述べています。

これらのことから、クナ族は東洋系の種族であると推測ができます。

実際、クナ族に会ってみると、確かにアジア系の民族に似ていると感じます。
特にクナ女性の中には、日本人にもこんな顔した人いるなあと思える人もいます。
私がクナ族に親しみを感じることができるのも、ひょっとしたら、同じ民族としてのつながりがあると無意識のうちに感じているからかもしれません。

 それから、小林先生は、クナ族には4つのグループがあると述べられています。

下の図は、クナ族が住む地域を表した図を表したものです。
その4つのグループは次の箇所に住み分けられます。

①サン・ブラス諸島に住むクナ族
②ダリエンのジャングルに住むクナ族
③バヤノ川(パナマ湾に流れ込む)地区に住むクナ族
④コロンビアに住むクナ族
 クナ族の住む地域として代表的なのは、サン・ブラス諸島である。




出典:「クナヤラ諸島」をもとに加筆(パナマ・コロンビアに住むクナ族)

2019年3月21日木曜日

クナ族独立革命の父 ネレ・カントーレ


独立心旺盛なクナ族は、その歴史の中で、スペイン人や他のインディオ、そしてパナマ政府を相手に、数限りない戦いを繰り返してきた歴史があります。

1920年代半ば、パナマ政府は、クナ族に対して民族同化の弾圧を行いました。

クナ族の女性は、その過程の中で、モラスタイルからパナマスタイルへと衣装を変えた女性もいたとされています。

1925年、一部のクナ族の反乱から、パナマ政府に対して、自治権獲得の運動へと発展することになりました。

「Nele Kantule」の画像検索結果クナ族の大酋長であるネレ・カントーレ(1868~1944)は、クナの民族を一つにまとめていきました。その結果、アメリカの調停にも助けられ、ようやく自治権を獲得したのです。

この権利は、パナマに属しながらも、パナマ政府の干渉は受けないという、クナ族にとって、画期的で特殊な地位を確立することとなりました。

今でも、独立の父、ネレ・カントーレはクナ族全体の尊敬を集めています

彼の出身島であるウストゥプ島の住民は、サン・ブラスの島々の中でも民族意識がひときわ高く、クナ族のリーダー的役割を自負しています。

次々と他の島が観光化していくなかで、ウストゥプ島の人々が頑ななまでに自分たちの生活を守り続けているのは、彼らの誇りの高さゆえであるとされているのです。

 クナ女性の伝統的で美しいモラは、クナ族の主体性を象徴する重要な衣装の対象となったのです。

※動画は、クナ族独立革命のイメージ



2019年3月17日日曜日

クナ族独立革命


季刊民俗学という本の中に、クナ族に書いている箇所があります。

「クナ族は、もともと大陸のジャングル地帯に住んでいました。
しかし、ジャングル特有の高温多湿の気候や蔓延するマラリアなどの病気、フランスのユグノー教徒など他民族からの迫害を逃れ、18世紀末から19世紀にかけて、サン・ブラスの島々に移り住んで来た」とされています。

その結果、クナ族は、他民族に対しては、やや排他的なところがあるといわれています。

しかし、カリブ海という地の利を生かして、コロンビアやアメリカと交易するなど、海外との接触は常に保ってきたようです。

「世界の手芸紀行3」(NHK取材班)には「サン・ブラス諸島の一つであるウストゥプ島の船着き場には、今でも毎日、コロンビアからの貿易船が着岸して、石鹸や衣料などの日常物資を持ち込んでいる」と記されています。

サンブラスの島々へ向かうツアー船
そのため、やや排他的で、自給自足の生活を基本としているクナ族は、徐々に現代文明の影響を受けています。

サンブラスでは、クナの子どもたちはドラゴンボールやポケモンが大好きです。

パナマ市内でも、Tシャツを着て歩くクナ族の女性もたくさん見かけるようにもなりました。


Tシャツでモラを売るクナ女性

旧市街地で見かけた若いクナ女性
 しかし、こうした近代化した波に直面しながらも、彼らが何物にも干渉を受けず、昔ながらの独自の文化や習慣、衣装、言語などを守りながら、平和に暮らしているのは、1925年に起こったクナ族独立革命による自治権獲得の歴史があったからなのです。